視座=切り口
私達がよく使用する言葉で視座という言葉がある。
この視座とは、どこに視点を置くかではなく、どこに自分の身を置き、どの座標でモノゴトを見ていくかという意味である。自分や自社のおかれている環境から視点を絞っていくことも大切ではあるが、一度もっと高いところへ自分を浮び上がらせ、今いる環境とは違う立場のところへ身を置き、そこからモノゴトを見てみると、また違ったモノやコトが見えてくる。それが右なのか左なのか、それとも下なのかは別として、様々な角度からモノゴトを見ることで、自分がやり遂げたいとぼんやり思っているコトが、明確な切り口として見えてくるのである。
この視座とは、どこに視点を置くかではなく、どこに自分の身を置き、どの座標でモノゴトを見ていくかという意味である。自分や自社のおかれている環境から視点を絞っていくことも大切ではあるが、一度もっと高いところへ自分を浮び上がらせ、今いる環境とは違う立場のところへ身を置き、そこからモノゴトを見てみると、また違ったモノやコトが見えてくる。それが右なのか左なのか、それとも下なのかは別として、様々な角度からモノゴトを見ることで、自分がやり遂げたいとぼんやり思っているコトが、明確な切り口として見えてくるのである。
今、時代は常に新しい切り口を探している。商環境構築プロセスでも必要な切り口を発見するためには、今まで培ってきた知識も重要であるが、それ以上に立体的にモノゴトを見つめるための「座」を、どこに置くかという「視座」が最重要であることを忘れてはならない。